専門医が解説!過敏性腸症候群(IBS)について
過敏性腸症候群について
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は、検査で異常が見つからないにもかかわらず、お腹の痛みや便通の異常(下痢・便秘)が長く続く病気です。決して珍しい病気ではなく、10人に1人以上が悩んでいると言われています。特に若い方や女性に多く、ストレスや食事が症状を悪化させることもあります。などを合併することもありますが、命に関わるような重い病気に進行することはありません。多くの場合、症状とうまく付き合いながら日常生活を送ることを目標にします。
過敏性腸症候群の症状
過敏性腸症候群は、頻繁な軟便が特徴で、その量は少量から中程度です。大量の下痢、血便、脂っぽい便(脂肪便)は過敏性腸症候群では通常見られず、大腸がんや潰瘍性大腸炎などの他の病気の可能性があるため、医師に相談してください。
下痢
頻繁な軟便が特徴で、その量は少量から中程度です。一般的に日中、特に朝や食後に起こることが多く、排便前には下腹部の差し込むような痛みや、急な便意(切迫感)を伴います。排便後もすっきりと出ない感じ(不完全な排便感)が残ることがあり、約半数の方では便に粘液が混じることもあります。
便秘
便秘は一時的で、数日間続くことがあります。便はしばしば硬く、コロコロとしたウサギの糞状と表現されます。排便後もまだ便が残っているような感覚を覚えることがあり、この感覚のために強くいきんでしまい、長時間トイレに座ってしまうことにつながります。
腹部膨満感
お腹が張って苦しい感じ(腹部膨満感)がよくあります。実際にガスが溜まっているわけではなくても、お腹がポッコリと膨らんで、洋服のウエストがきつく感じられることもあります。
お腹のガス
おならやげっぷが以前より増えたと感じることがあります。
過敏性腸症候群の主な原因
過敏性腸症候群のはっきりとした原因はまだわかっていませんが、一つの原因ではなく、いくつかの要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
脳と腸のコミュニケーション異常
私たちの脳と腸は、自律神経などを通じて常にお互いに情報を交換しています。過敏性腸症候群の患者さんでは、この脳と腸のコミュニケーションに乱れが生じていると考えられています。 例えば、強いストレスを感じると、脳が腸に異常な信号を送ってしまい、お腹の痛みや下痢・便秘を引き起こします。逆に、お腹の不調が脳に伝わって、不安な気持ちをさらに強くしてしまうという悪循環に陥ることもあります。
腸の知覚過敏
過敏性腸症候群の患者さんの腸は、健康な人に比べてとても敏感になっています。そのため、食べ物やガスによる腸のわずかな動きや刺激を、脳が「痛み」として強く感じ取ってしまうのです。これが、I過敏性腸症候群のつらい腹痛の大きな原因と考えられています。
腸の動きの異常
腸の筋肉の動き(ぜん動運動)がコントロールを失い、動きが速くなりすぎると下痢に、逆に遅くなりすぎると便秘になります。こうした腸の運動の異常が、便通の変化に直接つながっています。
感染性腸炎にかかった後の影響
ウイルスや細菌による胃腸炎(お腹の風邪)にかかった後、それがきっかけで過敏性腸症候群を発症することがあります。胃腸炎は治っても、腸が過敏な状態だけが残ってしまうのです。これを「感染後過敏性腸症候群」と呼びます。
腸内細菌のバランスの乱れ
私たちの腸の中には、たくさんの種類の細菌がバランスを保ちながら生息しています(腸内フローラ)。この腸内細菌のバランスが崩れることが、過敏性腸症候群の症状に関係している可能性が指摘されています。
食べ物に対する過敏性
特定の食べ物を食べた後に症状が悪化する方が多くいます。これは食物アレルギーとは異なりますが、小腸で吸収されにくい特定の糖質(FODMAP:フォドマップと呼ばれるものなど)が、腸内でガスを発生させ、腹痛やお腹の張りを引き起こすことが知られています。
ストレスなどの心理的要因
ストレスは過敏性腸症候群の症状を悪化させる最大の要因の一つです。不安や緊張、睡眠不足などが脳と腸のコミュニケーションを乱し、症状を直接引き起こしたり、悪化させたりします。
遺伝的な要因
過敏性腸症候群は家族内で発症することもあり、遺伝的に過敏性腸症候群になりやすい体質がある可能性も考えられています。
どうやって「過敏性腸症候群」と診断するの?
過敏性腸症候群の診断は、パズルのピースを組み立てるようなものです。お話を伺い、内視鏡やCT検査などの画像診断を行い、重大な疾患を除外したうえで、総合的に診断に至ります。
まずは、問診
診断の第一歩は、あなたの症状を詳しく知ることです。医師は、次のような質問をし、あなたの症状が主に「便秘」なのか「下痢」なのか、それとも両方を繰り返す「混合タイプ」なのかを判断します。
- いつから、どんな風にお腹が痛みますか?
- 痛みは、トイレに行くと変わりますか?
- 便秘ですか?下痢ですか?それとも、両方繰り返しますか?
このお話の内容が、国際的に使われている「診断基準」に当てはまるかどうかを確認します。
他の病気ではないことを確認します(除外診断)
過敏性腸症候群の症状は、他の病気と似ていることがあります。そのため、「過敏性腸症候群の診断」は、「他の怖い病気ではないことを確認する作業」でもあります。必要に応じて、以下のような検査を行います。
血液検査
貧血や、甲状腺機能に以上がないか、炎症がないかをチェックします。
大腸カメラ(内視鏡検査)
大腸がん、潰瘍性大腸炎などがないか、大腸カメラで確認します。
*MEMO:専門的な診断基準
Rome IV基準
過敏性腸症候群は過去3ヶ月間において、平均して週に1日以上の腹痛が繰り返し起こり、以下の基準のうち2つ以上を伴う場合に診断されます。
- 痛みが排便に関連する
- 便の頻度の変化を伴う
- 便の形状(外観)の変化を伴う
* 症状の出現が診断の6ヶ月以上前であり、診断前の3ヶ月間はこの基準を満たしていること
過敏性腸症候群のサブタイプ
便秘型(IBS-C)
- 特徴: お腹の調子が悪い日は、ほとんどが便秘になるタイプです。
- 便の状態: コロコロとした硬い便(うさぎのフンのような便)や、硬くてゴツゴツした便が出ることが多いです。一方で、下痢になることはほとんどありません。
下痢型(IBS-D)
- 特徴: お腹の調子が悪い日は、ほとんどが下痢になるタイプです。
- 便の状態: 形のないドロドロの便や、水のような便が出ることが多いです。一方で、便秘になることはほとんどありません。
混合型(IBS-M)
- 特徴: 便秘と下痢の両方を繰り返すタイプです。
- 便の状態: お腹の調子が悪い日の中で、便秘の日(硬い便)も下痢の日(ゆるい便)も、それぞれ同じくらいの割合でみられます。
分類不能型(IBS-U)
- 特徴: 過敏性腸症候群の基準には当てはまりますが、上記の「便秘型」「下痢型」「混合型」のどれにもはっきりと分けられないタイプです。
- 便の状態: 便秘や下痢といった便の形の異常が、そこまで頻繁には起こりません。
どうやって治療するの?
過敏性腸症候群の治療は、生活習慣の改善から始め、症状に応じて専門的な治療へと進めていくのが一般的です。治療の成功には、焦らずじっくりと取り組むことが不可欠です。
食事療法について
食事内容とその時のお腹の調子や便がどうだったかを記録し、症状を悪化させる特定の食べ物や食事のパターンがないか記録してもらいます。そして下記の点に注意し生活を送っていただきます。
食事習慣の見直し
- 1日3食、なるべく決まった時間に食べるように心がけましょう。食事を抜いたり、長時間お腹を空かせたりするのは避けましょう。
- 一度にたくさん食べるのではなく、少量ずつ回数を分けて食べるのがお勧めです。
- お腹にやさしい食物繊維
オートミールや麦ごはん、海藻類(わかめなど)、熟したバナナなどに含まれる水に溶けやすい食物繊維は、便秘と下痢の両方の症状を和らげる効果が期待できます。お腹の張りを避けるため、1日3〜4グラム程度の少量から始め、様子を見ながら少しずつ増やしていくのが良いでしょう。 - お腹の症状と関連しやすい食品
以下の食品は症状の引き金になることがあるため、少し控えてみましょう。- ガスを発生させやすい食品: キャベツ、ブロッコリー、豆類、玉ねぎ、人工甘味料(ソルビトールなど)
- 脂肪の多い食事: 揚げ物など
- 刺激物: アルコール、カフェイン、炭酸飲料
- 不溶性食物繊維: 玄米やごぼうなど。お腹の張りを悪化させることがあります。
- 乳糖(ラクトース)の制限: 牛乳やアイスクリームなどに多く含まれる乳糖が体質に合わない(乳糖不耐症)と感じる方は、2週間ほど乳製品を控えてみることをお勧めします。症状が改善すれば、それが原因の一つだった可能性があります。改善しない場合は、再開して構いません。
MEMO:FODMAP(フォドマップ)食の回避
FODMAP食とは、小腸で吸収されにくい発酵性の糖類の総称です。これらを多く含む食品を摂ると、腸内で過剰な発酵が起こり、ガスの原因になることがあります。過敏性腸症候群(IBS)の方などでは、これらを控える「低FODMAP食」が有効な場合があります。この食事法は制限が多いため、自己判断で行わず、管理栄養士の指導のもとで行ってください。主なFODMAP食品:乳製品、果物、はちみつ、小麦、玉ねぎ、豆類、人工甘味料など。
生活習慣と心のケア
- 週に3〜5日、1回20〜60分程度のウォーキングなど、中程度の運動はIBSの症状を和らげることが示されています。
- ストレスが症状に大きく関わっている場合、心療内科などの専門医と連携して行うこともあります。
お薬による治療
生活習慣や食事の改善で症状が良くならない場合、症状のタイプに合わせてお薬を使った治療を行います。
- 便秘が主な症状の場合 (IBS-C)
- 初期治療: まずは「モビコール」に代表されるポリエチレングリコール(PEG)製剤(便を柔らかくする薬)が第一選択となります。副作用も少なく、便秘の改善に役立ちますが、腹痛への効果は限定的です。
- 代替薬: 上記で効果が不十分な場合、「リンゼス」(一般名:リナクロチド)や「アミティーザ」(一般名:ルビプロストン)といった、腹痛と便秘の両方を改善する薬が検討されます。
- 下痢が主な症状の場合 (IBS-D)
- 初期治療: まずは「ロペミン」(一般名:ロペラミド)のような止痢薬が第一選択です。腸の動きを遅らせて便の回数を減らし、硬さを改善しますが、腹痛などの症状にはあまり効果がない場合があります。ロペラミドで効果が不十分な場合は、胆汁酸の吸収を調整する薬が使われることもあります。
- 代替薬:
- ラモセトロン(商品名:イリボー): セロトニンという物質の働きを調整し、腸の過剰な動きや知覚過敏を抑えることで、下痢や腹痛を改善します。特に男性の下痢型IBSで有効性が高いとされていますが、女性にも使用されます。
- 混合型 (IBS-M) または分類不能型 (IBS-U) の場合
これらのタイプでは、まず生活習慣や食事の見直しが特に重要です。腸の動きに特化した薬は、かえって症状を悪化させる可能性があるため、慎重に使用されます。
最後に
IBSの治療は、時に長く、根気がいるものかもしれません。しかし、ご自身の病気と症状の特性をよく理解し、生活習慣を見直し、医師と協力して適切な治療を続けることで、症状は必ず改善の方向へ向かいます。希望を持って、焦らず治療に取り組んでいきましょう。
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