専門医が解説!ピロリ菌の検査から治療まで

はじめに

 このページでは、胃の不調や将来の病気の不安につながる「ピロリ菌」について、解説します。ご自身の体について正しく理解し、安心して検査や治療に臨むための一助となれば幸いです。具体的な治療方針については、必ず担当の医師とご相談ください。

ピロリ菌って、なに?

 ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は、人の胃の中にすみつく細菌です。多くは衛生環境が整っていなかった時代の幼少期に、家族内などを経由して感染します。

どうやってうつるの?

 ピロリ菌は主に、幼少期に口から入ることで感染すると考えられています。具体的な経路としては、以下のようなものが挙げられます。

👨‍👦‍👦家族内感染
 これが最も重要な感染経路と考えられています。ご家族、特にピロリ菌に感染しているお母さんからお子様へ、といった感染(母子感染)が多く報告されています。同じ生活環境で暮らす家族間で、遺伝子的に同じタイプのピロリ菌が見つかることもあり、家庭内での感染が裏付けられています。

🤐糞口感染
 ピロリ菌に汚染された水や食べ物を口にすることで感染する経路です。特に衛生環境が十分に整っていない地域では、川の水を飲んだり、十分に洗っていない野菜を食べたりすることが原因となる可能性があります。

どんな影響があるの?

 ピロリ菌が胃の粘膜にすみつくと、粘膜を傷つけ、慢性的な炎症を引き起こします。これが様々な病気につながる可能性があります。

慢性胃炎

 ピロリ菌は胃炎の最も一般的な原因です。感染すると、ほとんどの方で活動性の慢性胃炎(常に軽い炎症が続いている状態)になります。これが様々な胃の症状の土台となります。

消化性潰瘍(胃潰瘍・十二指腸潰瘍)

  感染した方の5〜10%が、より深刻な潰瘍を発症します。炎症によって粘膜が弱り、胃酸によって深く傷つけられてしまう状態です。ピロリ菌の除菌治療は、潰瘍の治りを良くし、再発を防ぐ上で極めて重要です。

胃がん

 ピロリ菌の感染が長く続くと、胃がんの発生リスクを高めることがある、最も重要な要因として知られています。感染による慢性的な炎症が、胃粘膜の萎縮や腸上皮化生といった「前がん病変」と呼ばれる状態を引き起こすことがあります。ただし、実際に胃がんまで進行するのは感染者の1〜3%未満です。ピロリ菌を除菌することで、胃がんの発生リスクを約半分に減らすことができると報告されています。

胃MALTリンパ腫

 胃にできる稀なリンパ腫の一種で、その90%以上がピロリ菌感染と関連しています。ピロリ菌を除菌することで、このリンパ腫が治癒することがあります。

特発性血小板減少性紫斑病 (ITP)

血小板が減少する病気の一部で、ピロリ菌の除菌後に血小板数が増加する例が報告されています。

鉄欠乏性貧血

 胃の炎症や萎縮によって鉄分の吸収が悪くなり、原因不明の貧血を引き起こすことがあります。

どんな症状が出るの?

 感染している人のほとんどは無症状です。症状が出る場合、その多くは胃潰瘍や十二指腸潰瘍によるものです。

  • 上腹部の痛み、みぞおちの不快感
  • 胃もたれ、すぐに満腹になる感じ(早期満腹感)
  • 吐き気、食欲不振
  • 潰瘍から出血した場合の黒い便、貧血によるだるさ
  • 原因不明の胃の不調(機能性ディスペプシア)

どんな人が検査を受けるべき?

  • 内視鏡検査やバリウム検査で胃潰瘍または十二指腸潰瘍と診断された方
  • 胃MALTリンパ腫の患者さん
  • 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)という血液の病気の患者さん
  • 早期胃がんの内視鏡治療を受けた後の方
  • 内視鏡検査で胃炎と診断された方

 ピロリ菌の検査は、日本の健康保険では、上記のような病気と診断され、原則、胃カメラを受けたうえで、ピロリ菌感染が疑われる場合に検査が認められています。 上記に当てはまらない場合でも、ご家族の病歴などでご心配な方は自費で検査が可能です。

どうやって調べるの?

 ピロリ菌がいるかどうかは、体の負担が少ない検査で調べることができます。

  • 尿素呼気試験(UBT): 検査薬を飲み、吐き出した息を調べる検査です。ピロリ菌が持つウレアーゼという酵素の働きを検出します。簡単で精度が高く、治療後の判定にも使われます。
  • 便抗原検査: 便を少量採取して、その中にピロリ菌の成分(抗原)がないかを調べます。これも尿素呼気試験と同等の高い精度を持つ検査です。
  • 血液・尿検査(抗体検査): 過去にピロリ菌に感染したことがあるかを調べる検査です。現在も感染しているかどうかの確定診断や、除菌治療後の判定には使えません。
  • 内視鏡検査 (胃カメラ): 胃の粘膜を直接カメラで観察し、組織を少しだけ採って菌の有無を調べます(生検)。菌の存在だけでなく、胃の炎症や萎縮の程度など、粘膜の状態を詳しく評価できるのが最大の利点です。

注意点
 ・ピロリ検査を保険で行うには、事前に胃カメラを行う必要があります。
 ・いずれの検査も本当は菌がいるのに「いない」と判定されることがあります。
 ・胃カメラで感染が強く疑われる場合には、複数の検査を組み合わせて総合的に判断することがあります。

6. どんな治療をするの?(除菌療法)

 ピロリ菌が見つかったら、お薬で退治する「除菌療法」を行います。症状がなくても、将来の胃潰瘍や胃がんのリスクを減らすために治療が推奨されます。

日本での治療法

「胃酸を抑える薬」1種類と、「抗生物質」2種類を組み合わせる方法です。治療は1次除菌から始め、失敗した場合は2次除菌へと進みます。

  • 1次除菌:
    • 「胃酸を抑える薬(PPIまたはP-CAB)」+「アモキシシリン」+「クラリスロマイシン」の3種類を7日間服用します。
  • 2次除菌(1次除菌が不成功だった場合):
    • 「胃酸を抑える薬(PPIまたはP-CAB)」+「アモキシシリン」+「メトロニダゾール」の3種類を7日間服用します。

*保険診療での除菌治療をご希望の方へ
 保険診療でピロリ菌の除菌治療を行う場合、国のルールにより、まず胃カメラ検査で「ピロリ菌による胃炎」などを確認することが必須条件とされています。ご理解いただけますようお願いいたします。

MEMO:世界標準となりつつある最新治療

 世界的に抗生物質が効きにくい「耐性菌」が増えているため、胃酸を抑える薬(PPIまたはP-CAB)+ビスマス製剤+テトラサイクリン+メトロニダゾールの4剤療法(ビスマス四剤療法)で10〜14日間内服することが推奨されています。
 日本では、保険適応外ですが、最初に行うべき治療として推奨されることも多い、非常に有効な選択肢です。

薬の副作用について

 除菌治療を受ける方の25〜50%が何らかの副作用を経験しますが、その多くは軽く、治療を中止するほど重篤になること10%未満と稀です。万が一、副作用がでた場合は、薬を中止し、すぐに医師や薬剤師に相談してください。

  • 主な副作用:
    • 味覚障害、口の中の苦味や金属味(約7%)
    • 下痢・軟便(約7%)
    • 吐き気(約6%)
    • 蕁麻疹・薬疹(約5%)
    • 腹痛(約3%)

MEMO
メトロニダゾールを服用中にアルコールを飲むと頭痛や吐き気などの悪酔いのような症状が出ることがあります。治療中および治療後数日間は、必ず禁酒してください。

除菌後の評価(除菌判定)について

 除菌薬を内服しても、10ー20%前後のかたで、除菌が失敗することがあります。
また、除菌薬は、ピロリ菌の活動を一時的に弱らせるため、菌がいるのに「いない(陰性)」という間違った結果(偽陰性)が出てしまうことがあるため、除菌薬を飲み終えてから最低4週間以上あけて検査を行います。

除菌後の判定に推奨される検査

  • 尿素呼気試験(UBT): 精度が非常に高く、最も一般的に行われる検査です。
  • 便抗原検査: 尿素呼気試験と同じくらい正確な検査です。特に小さなお子様には、こちらの検査がより正確な場合があります。

判定に推奨されない検査

  • 血液検査(抗体検査): この検査は「過去に感染したことがあるか」を示すもので、除菌後も長期間陽性のままになります。そのため、菌がいなくなったかどうかの判断には使えません。

除菌後のフォローについて

 すでに萎縮や腸上皮化生が存在する場合、H. pylori除菌後も癌が発生する可能性があります。早期発見のための定期的な内視鏡検査が推奨されます。

再感染するの?
成人では、再感染は年間2%未満と報告されています。

おわりに

 ピロリ菌は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、そして胃がんの主な原因となります。
検査でピロリ菌の有無を確認し、陽性の場合は除菌することで、これらの病気にかかるリスクを大幅に下げることが可能です。
胃の不調が気になる方や、ご自身の健康にご不安な方は、お気軽に当院へご相談ください。

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