専門医が解説!貧血について

はじめに

 「疲れやすい」「めまいがする」といった症状、もしかしたら貧血が原因かもしれません。
貧血とは何か、なぜ起こるのか、そしてどのように治療していくのかを分かりやすく解説します。

貧血とは?

  • 貧血の定義

 貧血とは、血液中の「酸素を運ぶトラック」であるヘモグロビン(血色素)の濃度が低下し、その結果、体が必要とする酸素を十分に供給できなくなった状態を指します。ヘモグロビンは赤血球の中にあるタンパク質で、酸素と結合して全身の細胞や組織に酸素を届け、生命活動を支える非常に重要な役割を担っています。

  • 健康診断で指摘される基準値について
    • 貧血の診断には、血液中のヘモグロビン濃度やヘマトクリット(血液に占める赤血球の割合)が最も広く用いられます。世界保健機関(WHO)の基準では、一般的に以下の値が貧血とされています。
      • 女性: ヘモグロビンが12 g/dL未満
      • 男性: ヘモグロビンが13 g/dL未満
    • ただし、この基準値は、年齢、性別、妊娠の有無、居住地の高度、喫煙習慣などの様々な要因によって異なる場合があります。例えば、妊娠中の女性では生理的な変化によりヘモグロビン値が一時的に低下することがあります。

これって貧血のサイン?- 体からのSOS

 まず、貧血の時によく見られる体の変化について知っておきましょう。気になる症状がないか、チェックしてみてください。

貧血の一般的な症状

  • 疲れやすい、体がだるい、集中できない
  • 動くと息切れがする、動悸がする
  • めまい、立ちくらみ、頭痛
  • 気分が落ち込む、イライラする

鉄分不足で起こる特徴的なサイン

  • 氷を無性に食べたくなる(氷食症)
  • 脚がむずむずして、動かしたくなる(むずむず脚症候群)
  • 髪の毛が抜けやすくなる

見た目でわかる体の変化

  • 顔色が青白い、まぶたの裏が白い
  • 爪が薄くなり、スプーンのように反り返る
  • 舌が赤くツルツルして痛む
  • 口の端が切れる(口角炎)

貧血の正体と原因 – なぜ貧血になるの?

鉄分の不足(鉄欠乏症)

食事からの鉄分不足

 バランスの取れた食事をしている大人の場合、食事だけが原因で鉄分が不足することは稀です。しかし、菜食主義(ベジタリアン)の方は、肉類に含まれる吸収されやすい鉄分(ヘム鉄)の摂取が少なくなるため、注意が必要です。また、乳幼児期に、鉄分が強化されていない牛乳やミルクだけを飲んでいる場合も、鉄分が不足することがあります。

鉄分の吸収不良

 食事で摂った鉄分は、主に十二指腸という小腸の一部で吸収されます。胃の手術後や、特定の病気があると、この吸収が妨げられてしまいます。具体的な原因としては、胃の切除やバイパス手術、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、セリアック病、ピロリ菌感染などが挙げられます。

出血による鉄分の喪失

 大人の鉄欠乏症で、最も一般的な原因は出血です。出血によって鉄分が失われ続けると、食事から補う分が追いつかなくなります。月経のある女性、特に経血量が多い方(過多月経)は、鉄分が不足しやすくなります。また、胃潰瘍、痔、大腸ポリープ大腸がんなど、消化管の病気によって目に見えないほど少しずつ出血が続いていることもあります。特に男性や閉経後の女性で鉄欠乏症が見つかった場合は、この可能性を考えて徹底的に検査することが重要です。その他、頻繁な献血、繰り返す鼻血、尿路からの出血なども原因となることがあります。

鉄分不足以外の原因

 ビタミンB12や葉酸など、他の栄養素の不足

  赤血球を作るためには、鉄分だけでなくビタミンB12や葉酸、銅なども必要です。これらの栄養素が不足すると、鉄欠乏性貧血とは違う種類の貧血(赤血球が大きくなる大球性貧血など)になります。

  長く続く病気の影響

 胃がん、大腸がんなどの悪性腫瘍、慢性腎臓病、関節リウマチなどの病気が長く続くと、体の中に鉄分はあっても、炎症などの影響でうまく利用できなくなることがあります。これを「慢性疾患に伴う貧血」と呼びます。

  血液を作る「骨髄」の病気

 血液は、骨の中心にある骨髄という場所で作られています。そのため、骨髄異形成症候群や再生不良性貧血、白血病など、骨髄自体の病気があると、赤血球が十分に作れなくなり貧血になります。

  その他の原因

 赤血球が早く壊されてしまう病気(溶血性貧血)、お薬の副作用、事故などによる急な大量出血、アルコールの飲み過ぎなども貧血の原因となります。

貧血の検査と診断 – 病院で何をするの?

 貧血の裏には、治療が必要な病気が隠れていることがあります。特に男性や閉経後の女性の場合、消化管からの出血(がんなど)がないか、詳しく調べることが非常に重要です。

  • 血液検査
    • 貧血の有無、程度、タイプ(赤血球の大きさ)などを調べます
    • 体内の「鉄分の貯金(フェリチン)」がどのくらいあるかを調べます
    • 必要に応じて、ビタミンやその他の項目も検査します
  • CT検査
     内視鏡検査で出血の原因が特定できない場合や、お腹の中の他の臓器からの出血が疑われる場合には、CT検査を行うことがあります。体の断面を撮影することで、内視鏡では見えない場所に腫瘍などの病変がないかを確認します。
  • 内視鏡検査
     鉄分不足の原因が出血と考えられる場合、特に男性や閉経後の女性では、消化管のがんなどが隠れている可能性も否定できません。そのため、胃カメラ大腸カメラで食道、胃、十二指腸、大腸の内部を直接観察し、出血の原因を探します。 

お腹の病気と貧血の深い関係 – 消化器と鉄分のつながり

 貧血、特に鉄分不足が原因の場合、その背景にお腹(消化器)の問題が隠れていることが少なくありません。食事から摂った鉄分は、胃や腸で吸収されて初めて体の一部になります。ここでは、消化器と貧血の重要な関係について解説します。

消化管からの出血

鉄分不足になる最も一般的な原因は、体のどこかからの出血です。特に、胃や腸から気づかないうちに少しずつ出血していることが、貧血の引き金になる場合があります。出血の原因となる病気には、胃潰瘍、痔、大腸ポリープ、そして大腸がんなどが考えられます。特に男性や閉経後の女性で鉄分不足の貧血が見つかった場合は、消化管のがんなど、重大な病気が隠れている可能性を考えて詳しく調べる必要があります。便の検査(便潜血検査)だけでは出血を見逃すこともあるため、胃カメラ(上部内視鏡)大腸カメラ(下部内視鏡)で出血の原因を直接確認することが非常に大切です。黒い便など、気になる症状があればすぐに相談してください。

鉄分の吸収がうまくいかない

腸の病気や胃の手術などが原因で、食事から鉄分をうまく吸収できなくなることもあります。胃の切除やバイパス手術などを受けると、鉄分を吸収する場所が失われたり、胃酸が減ったりするため、鉄分が不足しやすくなります。また、セリアック病やクローン病、潰瘍性大腸炎といった腸の病気があると、炎症などの影響で鉄分の吸収が悪くなります。胃の中にいるピロリ菌感染症や、自己免疫性胃炎という病気も、鉄分の吸収を妨げる原因となることがあります。さらに、胃酸を抑える一部の胃薬は、鉄分の吸収を少しだけ妨げることがあるため、鉄剤を飲む場合は、時間をずらして服用するのが良いでしょう.

貧血の治し方 – どんな治療があるの?

 貧血の治療は、まずその原因を特定し、それに応じた治療を行うことが基本です。 
 貧血は、たとえ症状がなくても治療が必要です。鉄分が不足している状態を放置すると、貧血が進行して心臓に負担がかかったり、体の様々な臓器にダメージを与えたりする危険性があるため、早期の対応が大切です。

治療の効果はいつ頃から?

 治療を始めると、症状は比較的速やかに改善することが期待できます。「氷を無性に食べたくなる」といった症状は治療開始後すぐに、だるさなどの症状は数日以内に楽になることが多いです。血液検査の数値としては、ヘモグロビン濃度が1〜2週間で上がり始め、6〜8週間で正常値に戻るのが一般的です。ただし、体内の鉄分の貯金(貯蔵鉄)が十分に満たされるまでには、半年ほどかかることもあります。

 

鉄分を補う治療

鉄欠乏性貧血の主な治療法は、鉄分を補給することです。

飲み薬(内服薬)

 鉄分を補う治療は、飲み薬(内服薬)から始めるのが基本です。手軽で費用も安く、安全性が高いため、多くの患者さんに推奨されます。服用する際には、いくつかのコツがあります。鉄剤の吸収を良くするため、牛乳や乳製品、コーヒー、紅茶、卵などとは時間を空けて飲むのが望ましいです。また、胃酸の分泌を抑える薬を飲んでいる場合は、鉄剤を飲む2時間前か4時間後に服用してください。ビタミンC(オレンジジュースなど)と一緒に摂ると吸収が少し良くなることがあります。

*副作用について

  • 経口鉄剤の最も一般的な副作用は、金属味、吐き気、膨満感、便秘、下痢、上腹部不快感、嘔吐などの胃腸症状です。便が黒くなることもよくあります。
  • 服用頻度を隔日にすると、吸収が改善され、副作用も軽減される可能性があります。
  • 便秘には、便軟化剤や緩下剤の使用が役立ちます。

注射・点滴(注射薬)

 飲み薬が体に合わなかったり、手術後など吸収が悪い、あるいは早く確実に鉄分を補給する必要があったりする場合には、注射や点滴で鉄分を補充します。例えば、出血が続いている方、腸の病気や腎臓病がある方、胃の手術後の方、妊娠後期の方などは、注射薬による治療が推奨されます。

輸血について

  輸血は、鉄欠乏性貧血の基本的な治療法ではありません。貧血が極めて重く、体の循環が不安定になるなど、命に関わるような緊急の場合にのみ行われる特別な治療です。

貧血と上手に付き合うために – 日常生活のヒント

食事について

鉄分は、レバーや赤身の肉、シリアルなどに多く含まれています。ビタミンCは鉄分の吸収を助けてくれますが、紅茶やコーヒー、乳製品は吸収を妨げることがあるため、食事と時間を空けるのがおすすめです。ただし、すでに鉄分が不足している状態を食事だけで改善するのは難しいため、あくまで治療の補助として考えましょう。

鉄分が特に多い食品

  • 強化シリアル
  • レバー(牛、鶏など)※コレステロールが高いため、摂取は控えめにしましょう。
  • プルーンジュース
  • ひまわりの種、ナッツ類
    *ナッツ、種子は3歳未満の子供には窒息の危険があるため推奨されません

鉄分を補うのにおすすめの食品

  • 魚介類(ホタテなど)
  • 肉類(牛肉、豚肉、ラム肉、七面鳥など)
  • 豆類(大豆、レンズ豆、ひよこ豆など)
  • 緑黄色野菜(ほうれん草など)

定期チェックについて

 治療が終わった後も、定期的に血液検査を受けて、貧血が再発していないかを確認することが大切です。

貧血になりやすい方へ

  月経のある女性、妊娠中の方、成長期のお子さん、ご高齢の方のほか、アスリートや菜食主義の方、定期的に献血をされる方、胃の手術を受けた方などは貧血になりやすい傾向があります。胃がんや大腸がんなど深刻な病気がかくれてることがあるため、気になる症状があれば、早めに医療機関に相談しましょう。

おわりに

 貧血は、多くの人が経験するありふれた状態ですが、その原因は様々です。気になることや分からないことがあれば、一人で悩まず、いつでも医師や看護師にご相談ください。になることや分からないことがあれば、一人で悩まず、いつでも当院にご相談ください。